希望産業の医療業界が求める人材とは

vol5_001今回は、コンサナリスト(R)でパーソナルモチベーター、講演や書籍の出版プロデュースなど多方面で活躍されている川越満さんをお招きし、【希望産業の医療業界が求める人材とは】というテーマでお話を伺いました。

三澤:

川越さんは、医療業界に関するいろいろな本を出版されていて、業界の人が読んでも、一般の人が読んでもわかりやすくまとめていらっしゃるので、今回は医療業界に興味を持っている多くの方に、医療業界が求めるのはどんな人かということを、いろいろ教えていただけたらと思います。

川越:

よろしくお願いします。私が医療業界に入って18年ぐらい経ちますが、やっていてつくづく感じるのが、この業界は患者さんに“安心”と“希望”を売っている「希望産業」だということです。
たとえば、50歳の時にがんで亡くなった方がいたとします。でも、もしも最適な治療が行なわれて80歳まで生きることができれば、患者さんは失われるはずだった30年分の時間が得られます。これは単に時間的な意味でなく、お孫さんの成長を観ることができるような、患者さんにとってかけがえのない希望を与えることのできる産業なんです。
その中で、遣り甲斐を持って働いている人と、そうでない人の違いは何か? ということを考えた時にいえるのは、活躍している人は「患者さんに貢献しよう」という気持ちがある人です。
ポジティブな目で見れば本当に遣り甲斐のある業界ですが、労働環境や待遇面でいえばネガティブな部分もありますから、「患者さんのために」心からそう思える人でなければ、脱落する人も多い業界だと思います。

三澤:

そうですよね。医療事務でも、「人の役に立ちたい」とか、「自分や家族が病気になって病院でお世話になった」とか、きっかけは人それぞれでも、“人の役に立てる仕事だから”という理由で選ぶ方が多いようです。

川越:

もちろん、夢や希望を持って入ってくる人も多いですが、「社会」という言葉をひっくり返すと「会社」になるように、この業界で働くなら社会的価値と会社的価値のバランスも必要だと思います。
「人の役に立ちたい」という社会的価値だけに希望を持って仕事に就いた人は、病院の利益や仕事の効率という会社的価値を求められた時に、希望を見出せなくなってしまう場合も多いんです。

三澤:

たしかに、社会的価値と会社的価値のバランスが大切ということは私も感じます。その点をふまえて、川越さんが初めにおっしゃった「医療は希望産業」という視点から見た「医療業界に求められている人材」とは、どんな人なんでしょうか?

川越:

やはりこの業界で求められるのは、社会的価値と会社的価値のバランスが取れる人だと思うんです。それが具体的にどんな人なのかをまとめたのが、「7つの眼」というプログラムなんです。

三澤:

どんなプログラムなんですか?

川越:

もともと製薬企業の営業マンであるMR向けに作ったものですが、病院向けにアレンジして欲しいという依頼があり、「医療人に必要な7つの眼」というものを考えたんです。

【医療人に必要な7つの眼】
1「変化を読む眼」
2「不(ギャップ)を見る眼」
3「新しい4Pを見る眼」
4「経営を読む眼」
5「地域医療(疾病管理)を見る眼」
6「アウトカム(結果)を見る眼」
7「プレイヤーの感情を読む眼」

ひとつずつ紹介しますが、まずひとつめの「変化を読む眼」というのは、昔と違い今の病院は“どうやって生き残るか”ということを考えなければいけない時代ですから、環境が変わり、制度が変わる中で、医療業界にどんな変化をもたらすか、それを先読みしなければならないということです。

三澤:

今の時代、医療業界だけでなく私たちの生活を取り巻く経済環境も、1年でどんどん変化していきますよね。そういう時代だからかもしれませんが、昨今は医療業界のマイナス面がクローズアップされることが多い気がします。

川越:

そうですね。そこで必要になるのが「不(ギャップ)をみる眼」なんです。
「不(ギャップ)」というのは、患者数が減っているとか、医師が足りないとか、病院を経営するうえで起こる様々な問題のことです。その原因は誰かがやるべきこと(責務)を果たしていないために起こっています。ですから、「不」を見つけて解決方法を導き出す気持ちがなければ、なぜうまくいかないのかがわかりません。
私は「不」には7種類あると思っています。それは、人・物・お金・情報・関係性・モチベーション・目的です。この7種類のうち、どんな「不」があるか具体的にリストアップして、解決できているライバル病院との違いを見ることが大切なんです。

三澤:

問題が具体的に見えた時に、実際に乗り越えていくために必要なのが、「新しい4Pを見る眼」ということになるのでしょうか?

川越:

そうですね。「新しい4P」というのは、もともと古くからあった「4P」というマーケティングの理論を、時代の変化に合わせて新しく適応させた適応させたもので、Prediction、Prevention、Participation、Personalization、という4つの頭文字を取ったものです。
ひとつずつ紹介しますと、Predictionは地域における疾病や環境変化を予測した病院経営のことです。Preventionは、メタボリック対策を行なうなど、疾病を予防すること。
そして、Participationは「新しい4P」の中でも一番大切で、患者さんを積極的に医療に参加させることです。たとえば、普段飲んでいる薬を患者さんが知っていたり、健康診断の数字を理解していたり、医療に興味を持ってもらうことですね。
最後のPersonalizationは、患者さんひとり一人に個別化した医療サービスを提供することです。医療人として、これからはこの「4P」を考えなければならないと思います。

三澤:

今まで、医療機関と患者さんやその家族との間には隔たりがあったり、温度差があったり、思いが行き違ったりということが多かったですから、これからは双方が歩み寄ることが必要なんですね。

川越満:

vol5_002そうですね。そして、歩み寄ったり共感するために必要になってくるのが、4つめの「経営を読む眼」なんです。
とくに、生き残りがますます厳しくなると言われている急性期病院(短期間で治る病症を治療する病院。反対に慢性期病院もある)は、「経営を読む眼」が必要になると思います。
生き残るために何が必要かと言うと、7つのポイントがあって、まず第1に「患者さんを増やす方法」。これからはチーム医療を充実させて患者さんが随時入ってくる仕組みを作ることが重要になりますから、医療機関とはいえプロモーションや他の施設との連携が大切になってきます。

2番目が、「診療のアウトカム」。つまり結果をより良くすること。そして3番目に「制度改革」と「医療の質」のバランスも必要です。そのために4番目として「生態系」。動物の「生態系」を医療に当てはめた表現ですが、他の施設と連携して、退院した患者さんが在宅で生活でき、病状が悪化したら診てくれる施設に戻ることができる流れを構築しないといけません。
そのために、5番目として「コストマネジメント」も大切です。DPC(入院患者の診療費用を包括払いにする制度。あらかじめ傷病ごとに医療費用が決められ、1日いくらという具合に全部ひっくるめた金額算定になるので、無駄な医療行為がなくなることが期待されている)を活用して経営をよくする考え方が必要になってきます。

6番目は「3本柱」を作ることで、「乳がんに強い」、「糖尿病治療の実績がある」、「くも膜下出血に強い」など、病院としての「柱」が3つぐらいないと、これから患者さんを増やしていくことは厳しいと思います。
そして最後は「笑顔とチーム医療」です。スタッフ全員が遣り甲斐を持って仕事をしていることで出てくる「笑顔」と、それを支えるチーム医療が必要です。

三澤:

チーム医療のお話が出ましたけれど、病院が生き残っていくためにも、地域医療でいかにチーム医療の連携を発揮できるかどうか。そのあたりが今後ますます重要になってくると思うのですが。

川越:

地域医療に関して今後の面白い動きといえるのが、医療のIT化がますます進むことです。患者さんがどんな病気にかかったのか、また、どれぐらいで治ったのか、そういうデータが地域ごとにものすごく明確に出るようになります。
その意味で、6つめの「アウトカムを見る眼」がとても重要で、その病院に行ったことで患者さんの病状が改善されたかどうかを、データとして結果にすることが病院にとって重要になると思います。
さらにいえば、治療のもっと前段階、患者さんが病気にならないための健康管理に注力していくことも、今後はもっと求められるようになると思います。

三澤:

都心なのか、郊外なのか、過疎地なのか。地域によって求められる医療はぜんぜん違いますからね。そのことをふまえた予防も、地域とともに病院が取り組まなければいけないところですよね。
私も、これまで一般企業に求められていたような「結果」が、今後、医療業界にも求められていく流れは感じていました。だからこそ、医師も看護師も医療事務も、ひとつのチームとして医療に取り組んでいくことが大切で、その連携次第で結果が左右されるんじゃないかと思うのですが。

川越:

三澤さんの言うとおり、やはりチーム医療がうまくいっている病院は、新しい患者さんがどんどん入ってくるので、病院経営にとって非常にいい影響がありますね。
これから病院にとって数字的な部分がますます重要になってくるので、医療事務の役割も本当に大きくなると思います。

三澤:

データや数字の部分はもちろんのこと、チーム医療がうまくいくように陰ながらバックアップしているのも医療事務の役割ですからね。
それでは、これから医療事務を目指す人たちに向けて、川越さんから何かアドバイスはありませんか?

川越:

vol5_003では、「こういう病院から職員は逃げ出す」という、私が考えた6つのポイントをお伝えしたいと思います。この「6つのポイント」を意識しておけば、就職する際の病院選びに役立つと思いますので、ぜひ参考にしていただきたいですね。

まず挙げたいのは、“ビジョンや目標がない病院”です。一般企業にも言えますが、ビジョンや目的がない組織は、社員が学びや存在意義を見いだせないので、モチベーションを感じられない現象がよく起こります。転職した人の理由を聞くと、「会社にいてもこれ以上成長できないと感じたから」という意見をよく聞きます。
病院も同じで、ビジョンや目標がない病院に勤めても、結果的に長く続かないと思います。

2つめが、メディカルクラークなどの“事務負担対策に取り組んでいない病院”です。こういうところで働きたいという医師はほとんどいません。役割分担ができていない病院は、だめだと思います。
そして3つめが、“ワークライフバランスに配慮していない病院”です。とくに看護師の転職率は10数%という高さですから、人材を定着させる意味でもこれは大切です。
4つめは、“チーム医療が機能していない病院”です。このような病院は、改善しなきゃいけない問題や課題を放置しているわけで、非常に大きな問題です。

5つめは、“医療連携に取り組まない病院”です。地域の開業医さんと協力体制を築けていないと、救急の増加が止まらなくなります。現在、年間で110万人ぐらいの方が亡くなっているのですが、10~20年後には間違いなく1.5倍ぐらいに増えます。つまり、最低でも1.5倍も救急が増えることになり、病院にとっては大変な重荷です。心筋梗塞とか脳卒中とか、救急になりそうな患者を地域の開業医と協力して、未然に防ぐ体制が必要です。
最後は、“負担を増やさずに入院日数を短縮できない病院”です。この問題をクリアするには、その他のポイントをクリアできていないといけませんが、これができない病院は今後ますます大変になるはずです。

三澤:

vol5_004どれも重要なポイントでしたが、同じ女性として気になるのが“ワークライフバランスに配慮していない病院”です。結婚、出産や育児など、女性は仕事に影響するライフイベントが多いので、理解の少ない病院だと、働くことができなくなってしまうんです。
他の業界から比べると、医療機関はとくに“ワークライフバランスへの配慮”が遅れているのを感じています。

川越:

ひとついえるのは、医師や看護師、薬剤師などは、他の職種と違って就職できる割合が10倍ぐらい高い“売り手市場”ということです。ですから、病院はできるだけ長く職員に勤めてもらうことを考えなければいけません。

三澤:

そうですよね。今では免許を持っているのに看護師をしていない潜在看護師が非常に多くいらっしゃるといいますから、ワークライフバランスがいかに配慮されていない就労環境なのかよくわかる現状ですよね。
医療事務が女性に人気なのも、やはりワークライフバランスが取りやすい仕事で復職もしやすい。たとえば夫の転勤先でも仕事が見つかりやすいところにあると思うので、医療従事者全体の就労問題を一刻も早く解決して欲しいと思っているんです。

川越:

難しいですよね。とくに女性の場合は、お子さんを預かってもらえないとか、いろいろと問題がありますから。

三澤:

それは、お子さんを持っている女性は本当に痛感していることですよね。
それでは最後に、これから医療事務をはじめ、医療業界で働きたいと思っている方へ、川越さんからのメッセージをお願いしたいのですが。

川越:

それでは、「ウサギとカメの話」をご紹介したいと思います。
私はこの話がものすごく好きなんです。子どもの頃に聞いた時の教訓は、ウサギの立場なら「人生は油断したらいけません」。また、カメの立場なら「最後まであきらめちゃいけません」ということだったと思います。でも、この話を大人の人にする場合にはちょっと違っていて、「ウサギはカメを見ていた」、そして「カメはゴールを見ていた」となります。
病院でいえば、ウサギは競合の病院を見ていたわけで、もちろんライバルを見ることは大切ですが、もっと重要なのはカメが「ゴール」を見ていたということなんです。

医療に携わる人間にとっての「ゴール」は何か? それは、病気が良くなることや、地域住民の寿命が延びるとか、患者さんの失われるはずだった希望(時間)を提供してあげられることだと思うんです。
ですから、これからの病院は、「ライバル」と「ゴール」、その両方を見る必要があるのです。2つの視点を失わずに仕事を続けて欲しいということを、医療人を目指している人にも、また、すでにこの業界で活躍している人にも伝えたいですね。

■川越満 プロフィール
CSDユート・ブレーン事業部“コンサナリスト”パーソナルモチベーター

米国大学日本校卒業。卒業後、製薬企業向けコンサルティングを主業務とする(株)ユート・ブレーンに入社。医薬品業界向け情報誌の編集長として活躍。現在は、コンサルタントとジャーナリストの両面を兼ね備える「コンサナリスト」(商標登録済)として講演活動のほか、医療オピニオンリーダーとして、書籍出版プロデュースなどに携わるほか、朝日新聞夕刊の『凄腕つとめにん』や、女性誌『anan』など数多くの取材を受けている。

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