これだけは知っておきたい2012年度診療報酬改定6つのポイント

vol8_001医療と介護のダブル改定が行なわれた2012年の診療報酬改定。いったい何が変わったのか? 今回はこれから医療事務資格を取ろうと考えている人はもちろん、すでに医療事務の仕事に就いている人にとっても役に立つ、2012年度診療報酬改定の6つのポイントについて、先日、対談を行なったコンサナリストの川越さんと共著もされ、また、医療業界に関する著書を多数出版されている木村憲洋さんにお話を伺いました。

三澤:

木村さんといえば、多くの著書を出されていたり講演をされたり、業界を知らない人に医療のことをわかりやすく解説するのがとてもお上手な方という印象を持っていました。
最近出された『MRのための「これだけは知っておきたい」2012年度診療報酬改定33のQ&A』という本も、診療報酬改定(2年に1度行なわれる医療機関が保険診療を行なった際に請求できる費用の改定)について非常にわかりやすくまとめられていて。
ですから、今日はこの本をベースに診療報酬改定のポイントと、医療業界の今後についてお話をお伺いできたらと思います。

木村:

よろしくお願いします。

三澤:

それでは1つ目のポイントとして、今年の診療報酬改定ではいったいどんな変化があったのか、まずは全体像を教えていただけますか?

木村憲洋:

vol8_004今回の改定は、将来の社会保障の枠組みの中ですごく重要な位置づけがされています。難しいイメージを持たれるかもしれませんが、日本の社会保障が破たんしないようにどうするべきか。その中で、病院の位置づけをはっきりさせようというのが、今回の改定の背景です。

三澤:

病院の位置づけというと、それぞれの病院の特徴や専門性をもっと出そうということですか?

木村:

そうですね。多くの人がそうだと思いますが、「病院」というと「治療をしてくれるところ」というイメージを何となく持たれていると思います。
でも、昔から「餅は餅屋(餅は餅屋が一番じょうずにつく)」という諺(ことわざ)があるように、これからは「この病院はこういう治療をする」という専門性をきちんと出していきましょうということです。
たとえば、救急病院なら救急をたくさんやる。手術を行なう病院は集中して手術を執刀する。そんなふうに病院の特徴を分けていこうとする最初の第一歩、それが2012年度の診療報酬改定なんです。

三澤:

どの業界でもそうですが、病院も”これがうちの強み”というのをはっきりと出していかなければならない、そんな時代になったということですね。

木村:

そうですね。みなさんが大きな病気にかかった時やケガをした時、最初に行くのが急性期病院(短期間で治る病症を主に治療する病院)だと思います。
しかし、救急車で運ばれても受け入れてもらえず、病院をたらい回しにされることなどが問題視されてきました。それが、今回の改定では救急医療を行なう急性期の医療機関の診療報酬が手厚くなっています。また、がんや認知症へも手厚くなりました。医師や看護師の負担も大きいという問題があったので、医療者の負担を軽減する対策も盛り込まれました。
そういった点が今回の改定の大きなポイントになっていて、今後、医療機関を取り巻く多くの問題が解決していくだろうと考えられています。

三澤:

全体的な改定のポイントを、非常にわかりやすく解説いただきました。2つ目のポイントとして、今回は介護報酬との”ダブル改定”ということで、「地域包括ケアシステム」が注目されているそうですが、具体的にはどんなシステムなのでしょうか?

木村:

vol8_003「地域包括ケアシステム」というは、”医療を地域で完結させよう”というしくみのことです。
地域の中核的な医療機関を中心に、地域内で医療を完結できるようにしましょうというのがこのシステムです。
つまり、ケアが必要なご高齢の方が、お住まいの地域に長期ケアの医療機関がなければ他の地域に探しに行かなくてはならない。反対に長期ケアしかない地域だと、救急車が搬送できる病院がなくて困る。そうならないために医療と介護を含めて役割を分担し、治療をする急性期、リハビリをする回復期、そして自宅ケアの慢性期に、それぞれの地域で適切なリソース配分をしていきましょうという考えが「地域包括システム」なんです。

三澤:

“無駄を省いて効率的に医療・介護サービスが受けられる地域へ”ということですね。

木村:

そうですね。ただし、地域をどうやって区分するかの定義はいろいろあります。今のところ想定しているのは、各都道府県が定めている「二次医療圏」といわれるものです。
全国を360ぐらいに区分し、各々の中に一つか二つの中核病院があり、さらに多くのクリニックがある。そして、重症化する前にかかりつけのクリニックから中核病院を紹介してもらう制度を作ることを目指しています。
また、介護でいえば在宅医療が中心となって、患者さんが医療と介護の適切なサービスを受けられるようにするシステムが想定されています。

三澤:

どこに住んでいても必要な医療と介護のサービスが受けられる。そんな社会的しくみをつくっていこうという取り組みなんですね。

木村:

そうです。一般企業ですと、儲かるところに投資をすると思いますが、医療や介護というのは基本的に非営利であるべきですから、足りないところがあればそこに配分していく、効率的に満遍なくサービスを受けられるようにするという考えが根底にあります。

三澤:

確かに、都心部と地方都市と過疎地、それぞれの地域で必要な内容も変わってきますからね。

木村:

だからこそ、地域に合わせて作るという形が大切なんです。今後は、地域に合った中核病院、地域に合った介護システムというのが作られていくことになると思います。

三澤:

このシステムがしっかり機能すれば、高齢者の方が安心して元気に年を重ねていける未来がイメージできる気がします。

三澤:

医療と介護が一緒になってというお話が出ましたけれど、介護報酬改定の全体像についてもお話を伺いたいのですが。

木村:

vol8_002わかりました。介護報酬は今回の改定でプラスになったと言われています。しかし、実際にはこれまで”儲かる”と言われていた部分が大幅なマイナスになっています。
今回は医療と介護の棲み分けがすごく重要になっていて、どちらかというと適切な配分になったという印象を持っています。これまで儲かっていた介護サービスはよりサービスの向上が求められ、努力しないと報酬が得られないように改定されました。
たとえば、デイサービス(通所介護)とデイケア(通所リハビリ)がそうですが、これまで外から見て違いがわかりにくく、なんとなくデイケアの方が高い、そんなイメージがありました。
しかし、今回の改定でデイサービスは長時間預かると点数が上がり、リハビリを提供するデイケアは、長時間みると点数が下げられるようになりました。つまり、デイサービスは預かる施設、デイケアはリハビリというトレーニングをする施設だとはっきりさせたわけです。

三澤:

デイケアとデイサービスについて、今後はそれぞれの位置づけをさらにはっきりさせようということなんですか。

木村:

そうですね。デイサービスも今までだと長くても7時間ぐらいしか預からなかったのですが、働く人にとっては9時間預かってもらえないと8時間勤務ができない。そういったところに対応するということですよね。それに、次回の改定で老人のリハビリが医療保険の対象から外れる部分があったりするので、それを引き受けるための整備っていうのがなされたのだと思います。
他には今まで医療で行なわれていたような「看取り」といったサポートや、在宅の充実も考えて「巡回ケア」といったところがプラスになっています。

三澤:

これからは、介護施設も質と効率を高めていかないと生き残れない時代になるんですね。

木村:

そうですね。
在宅で24時間見守る体制が、今回の改定で介護報酬に織り込まれています。

三澤:

今の医療業界は、チーム医療の促進というのが求められている中で、3つ目のポイントとしてお伺いしたいのが、今回の改定で勤務医の負担を軽減する項目が大幅に増えたことなのですが。

木村:

この項目は、勤務医の負担軽減もあるんですけど、どちらかというといろいろな職種に仕事がどんどん委譲されていくということですね。

三澤:

やはり、これからますますチーム医療が促進されていくということですか。

木村:

事務員、薬剤師、それと看護師など、さまざまな職種がいろいろな業務に対応できるようにしていく流れがあって、その中で今回、病棟に薬剤師を配置するようになったというところが大きい点かもしれません。
また、医療事務の話でいえば、今後、看護師の業務拡大がこれから行なわれていきますから、医師事務だけでなく看護師の事務も行なうようになっていく。これから医師事務とは違う事務の配置が行なわれていくようになります。そして、看護師はより医師が担当していた医療行為をするようになっていくと。
さらに、薬の種類がものすごく増えてきている中で、プロフェッショナルが病棟にいる必要が出てきたので、薬剤師を配置することで医師や看護師の負担軽減につながるということですね。

三澤:

看護師にとって、薬剤師なみにプロフェッショナルにならなければいけないとなると負担も大きくて、制度的な支援があったとしても潜在看護師が復職するのにハードルが高くなってしまうところですからね。

木村:

これまで病棟のナースステーションと呼ばれていたところが、医療のサービスステーションという意味合いにどんどん近付いていくというところですね。

三澤:

薬剤師や管理栄養士にとってもそうですが、チーム医療の促進という流れがあって、今までのナースステーションからサービスステーションへ変わろうとしている。それが医師の負担軽減、それから看護師の負担軽減につながっていくのは、方向性としてはよい方向に進んでいますよね。

木村:

今回の改定でこういったところが手厚くなりましたけど、その前からやっていた医療機関もありましたから、点数の後追いをしているようじゃだめなんですよね。

三澤:

確かにそうですよね。制度や名称はもちろん、診療報酬点数がつけられる前から行なっている病院もあったわけですからね。
それでは4つ目のポイントとして、今回の改定では自宅での「看取り」などを含めた、在宅医療を提供する診療所に対する報酬が大きく変わったそうですが、具体的にどのような変化があったのでしょうか。

木村:

今回の改定は、在宅医療の機能強化が図られました。その意味でも、今注目されているのが、在宅医療を提供できるクリニックです。在宅医療の算定って、医療事務の資格でもあまり教えていないので、ここを良く知っていると人材価値が高くなると思います。
365日24時間一人の医師が在宅医療をすることは無理ですよね。それを3人の医師でやれば、一人当りの負担が軽減されるだろうし、質も高いことができるだろうというのが今回のコンセプトで、3人以上の医師で在宅医療を提供できる医療機関は、点数が上がるように改定されています。
先程の「地域包括ケア」のカギを握っているのが、この在宅医療を強化しているクリニックで、ここで働く事務員はこれからすごく有望だと思いますよ。

三澤:

「地域包括ケアシステム」をしっかり機能させるためにも、在宅医療はこれからもっともっと推進していくべきだと思いますので、やはり今回の改定でいちばん大きなポイントになっているんですか?

木村:

そうですね。おそらく今回の改定ではここにしか点数がつかなかったんじゃないか。そのくらいのインパクトがありました。

三澤:

木村さんでも意外な改定だったんですか?

木村:

上がることは想定していましたが、ここまで大幅に上がるとは思っていませんでした。
今回の改定で良くなっているのは、在宅医療を提供するクリニックと、訪問看護ステーションですから、今後はこの2つで力を発揮できる事務員が求められるだろうという印象ですね。

三澤:

在宅医療に関連したクリニックで事務の仕事をしている人は少ないと思うんですが、これからはもっと必要とされますし、変化に応じて専門の事務が力を発揮する場が増えてくる時代になっていくんでしょうね。

木村:

これからますますそういう時代になっていきますよね。今後は、在宅医療に強いクリニックで働く事務員がとても有望な人材になると思います。

三澤:

病院やクリニックの窓口で働く、そんなイメージから最近では活躍の場がどんどん広がっている医療事務のお仕事ですけれど、そのひとつとして調剤薬局事務に進む方もいらっしゃると思うんです。
そこで、5つ目のポイントとして、調剤報酬の改定についてもお聞かせいただけませんか。

木村:

調剤に関しては、今回の改定は厳しい結果になりました。何が厳しいかというと、保険薬局はジェネリック薬品をもっと多く提供していかなければ点数が下がることになるということです。
一言でいうと今までと同じことをしていると大幅なマイナス、努力をすればプラスもしくは現状維持という改定になっています。
現状では保険薬局の方が病院と比較して薬剤師の給料が高く、薬剤師が病院に就職したがらない。さらに、大手の保険薬局が軒並み高い利益を出している。そういった問題への反発もあったようです。

三澤:

そうですよね。大手の保険薬局は積極的に出店している傾向がありますから。薬剤師の資格を取ってどこに就職しようってなった時に、やはり給与面は大きいですからね。

木村:

そうですね。薬剤師の給与は、ドラッグストアが一番高くて、次に保険薬局、最後に病院っていう状況ですから、もし年収で100万円の差があったら大きいですよね。
でも、本当なら病院で仕事を覚えた後で働いた方が治療のことがわかっているからいいわけで、新卒でいきなり保険薬局に行ってしまうと、処方箋に間違いがあっても気づくことができないですからね。
そのあたりの是正が、今回の改定から少しずつ入って来ますよという印象はあります。そうなると大資本の薬局が有利になりますから、体力のない薬局はこれから厳しくなるんじゃないでしょうか。

三澤:

薬剤師と一緒になって働く調剤薬局事務にとっても、今回の改定は影響が出てきそうですね。
それでは最後に、6つ目のポイントとして、医療事務として実際に働く現場となる医療機関に関する改定について、大病院、中規模、クリニックという規模別にお話しを伺いたいと思います。

木村:

わかりました。まず、急性期の大病院は、今回の改定では悪くありませんでした。とくに、救急に近いところというのは大幅に点数が上がっています。しかし、入退院日数に関する改定もあったので、今後はベッドの回転を上げなくてはならない。入院したら早く退院させる、ということをどんどん進めていかなければならないので、病院の事務としてはちょっと忙しくなりそうですね。逆にいえば、規模の大きな病院はこれからもっともっと事務が必要になるはずですから、大きな病院で働かれるのはいいと思います。

三澤:

大きな病院は、医療事務を目指している方にも人気が高いですからね。それでは、中小規模の病院はどうなんでしょうか。数的には多いところだと思いますが。

木村:

今回の改定は、中小規模の病院に”踏み絵を踏まそう”という意思を感じています。中途半端なことをやっているとだめで、より大きい病院に医療従事者を集約させるように、規模の小さい病院をシェイプアップさせようという狙いがはっきりした改定ですね。
ですから、これからは事務中心に業務効率を高めていかなければならないことは間違いない。診療も幅広くやるのではなくて、ある程度フォーカスを絞る必要が出てきます。

三澤:

そうなると、今後は中小規模の病院だからこそ、”これが強みだ”というのをはっきり出していくことが重要ですね。

木村:

これは企業でも一緒ですけど、大企業と中小企業で争ったら勝ち目が見えています。ですから、地域の中で自分たちがどうあるべきかを考えて戦略を立てなければならない。そうすると、事務としても病院内でどうあるべきかを考えることが大切です。
これからの病院は、事務を中心に業務効率を高めていかなければならないことは間違いありません。

三澤:

事務のプロフェッショナル化というか、専門性をもっと発揮してもらってということなんでしょうね。

木村:

それもありますし、もっと広く見られる人材が求められるということですよね。事務として病院を動かしていく、そんな人材を目指してほしいですね。

三澤:

厳しくもありますが、どんな病院でも求められるような強みを持った人材になれるということですね。では、診療所やクリニックについてはどうなんでしょうか。

木村:

これらの医療機関は、在宅医療の機能強化が挙げられます。それが出来ているところが大幅にプラスになっています。やはり今回の改定は、クリニックや診療所ではなく病院をどう改革していこうかという意識がはっきりしていますよね。

三澤:

そうなると、やはり大切になるのが”クリニックの顔”ということですね。地域の中で「顔」や「強み」をはっきり打ち出せたところが勝ち進んでいくと。

木村:

そうですね。これもやってあれもやってというのは無理でしょうというのがはっきりしたのが、2012年度の診療報酬改定というところですね。

三澤:

木村さんのとてもわかりやすい解説のおかげで、2012年度の診療報酬改定のポイントを理解できた気がします。
今回の対談を読まれた皆さんの中で、もっと詳しく知りたいという方がいたら、『MRのための「これだけは知っておきたい」2012年度診療報酬改定33のQ&A』を読んでもらえるともっと理解できるんじゃないかと思います。
2年ごとの改定でほんとうに大きく変わる医療業界ですが、木村さんのお言葉にもありましたが、今まで縁の下の力持ち的な役割だった事務スタッフが、今後は医師や看護師と同じように病院を動かしていく中心的存在になっていく、そんな確信が持てた気がします。
今日の対談、本当にありがとうございました。

■木村憲洋プロフィール
高崎健康福祉大学 健康福祉学部 医療情報学科 准教授

武蔵工業大学を卒業後、国立医療・病院管理研究所研究科修了、東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科博士課程満期退学、神尾記念病院などを経て、2007年から高崎健康福祉大学健康福祉学部専任講師。現在は同学部医療情報学科准教授。著書に『病院のしくみ』『薬局のしくみ』『医療費のしくみ』(日本実業出版社、共著)などがある。

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